地域との密接度が高く、昔からの人間的ふれあいが根強い西里大通り商店街は、物が溢れる時代に、温かい心のこもったサービスやコミユニティの場として商店街ならではの付加価値を提供しています。
《商店街の沿革》
宮古島での商業の始まりは、漲水港(現在の平良港)界隈に那覇や宮崎県、鹿児島県、遠くは三重県からの寄留民が明治中頃に軒を連ね商いを行っていたのが、徐々に内陸部に広がり、現在の中心商店街の原形になった。それから戦後、いち早く復興に立ち上がり、西里大通りは街の発展と共に通り会が発足。昭和58年9月に通り会を法人化し現在へと至っている。
≪商店街の特徴》
西里大通りは離島の商店街としてはほぼ全ての業種で構成されており、地域住民はもとより、観光客にも対応できるお店が揃い賑わっているが、以前に比べれば郊外大型店舗の進出や消費者の多様化、個性化などで客足はかなり減少している。
しかし、どの通り会・商店街でも人材確保難や後継者不足が言われている中で、同組合では有能なリーダーの存在や意欲を持って積極的に活動を行う会員で益れ、後継者がいる個店が約80%と高い数値を占める。
組合員は、壮年部・婦人部・青年部とそれぞれ月に一度集まり、交流を深めると共に商店街の諸問題や活性化のためのアイディアを出し合っている。例えば婦人会の会合で出た案を青年部へ提言し、若手の柔軟な発想と決断力、行動力で迅速に対応している。
現在の事業は地域住民と密着したイベントを年に6回催しており、特に昨年の地域振興券の利用期間には抽選で総額100万円のキヤツシユバツクセールを開催し、地域住民に大好評だった。また、顧客を大事にする意味で、以前から行っていた七夕まつりを充実し、4年前から短冊にお客の希望や願い事を書いてもらい、各店舗で笹をかかげ飾り、宮城県仙台市にある七夕神社に奉納するなど独自の事業が見られる。
《現在の問題・課題》
以前、駐車場がなかったため、会員の有志数人で商店街東側端に駐車場を設置し、無料で提供している。しかし、通りの長さが420メートルもあり、買い物で重くなった手荷物を運ぶには隣接する駐車場を持った大型店舗と比較すると便利とは言いがたい。また、一方通行で道幅が狭く、交通量も多いため、歩行者にとって安全性が危惧される。しかし、道路拡幅が必要となると事業着手、完成には長期的時間がかかり、行政からの資金導人が必要になってくる。その間にも、顧客が流出し、商店街の魅力が失われては意味がない。
現在、市が中心市街地活性化基本計画を作成する中であるが、西里大通り商店街付近の主要公的機関の郊外移転計画があり、中心商店街としての同商店街の位置づけをどうしていくのか行政や組合員、地域住民と一体となったより良い商業環境、ひいては街づくりに取り組む必要があると関係者は考えている。
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